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40 歳を過ぎたなら知っておきたい黄斑前膜―診断と治療―

東北大学病院 特命教授 國方彦志

おうはんぜんまくは、目の神経である網膜の真ん中の黄斑に膜が張り付いてしまう病気です。中高年に多く、物がゆがんだり、大きく見える自覚症状が有名です。ゆっくりと進行する比較的良性の病気で、もう片方の目が良いと殆ど気づかない方もいます。

昨今、硝子体手術が広まり、手術を受ける患者さんが増加しております。しかし、その手術は決して易しいものではなく、適切に治療しないと良好な視力は保てません。手術後に満足される方が多いのですが、症状が部分的に残ることも多く、中には術後合併症に悩む患者さんもいます。もし黄斑前膜といわれたら、急激に進行することは少ないので、時間をかけて十分にその病気と治療法を理解することが大切です。

本冊子では、できるだけ分かりやすく黄斑前膜の概略を説明いたします。黄斑前膜と診断されても慌てず、担当医とよく相談しながら納得して治療を受けて頂ければ幸いです。

東北大学病院 特命教授
國方彦志

光が角膜(黒目)から眼球内に入り、瞳孔(瞳のまん中)、水晶体(白内障が起きる場所)、硝子体(目の中のゼリー)を通過し、網膜(光を感じる場所)の上に焦点が合うことで、人は物を見ることができます。その網膜の中心には黄斑(およそ直径2mm)があり、その黄斑の中心には中心窩(およそ直径0.3mm)という、浅い凹みがあります。

中心窩は視力にもっとも重要な場所です。中心窩の網膜は高い視力を得るために、血管がない特殊な構造をしており、視細胞の一種である錐体(すいたい)細胞が規則正しく密に並んでいます。錐体細胞は、もう一種類の視細胞であるかんたい細胞(明暗を感知)と異なり、小さなものや色を鋭敏に見分けることができる細胞です。

目はカメラと似ています。角膜、水晶体、硝子体、網膜のどこに病気があっても、物をキレイに見ることはできません。中でも網膜自体の問題、特にこの中心窩で出血や変性などが起きてしまうと、視力は著しく下がり、生活の質(QOL)も下がってしまいます。

目のしくみ

黄斑前膜は、黄斑上膜、セロファン黄斑症、黄斑パッカーとも呼ばれ、網膜の中心である黄斑の前に張る線維状のうすい膜ができる病気です。角膜の病気や水晶体の濁り(白内障)と異なり、眼球の奥底に生じます。

最近テレビなどでよく特集される加齢黄斑変性は、網膜の裏側から新しい弱い血管(新生血管)が生えて起きる別の病気です。加齢黄斑変性では、激しい出血が起きたり、黄斑が萎縮してしまうと失明することもあります。一方、黄斑前膜では新生血管が生えないため、出血や萎縮が起きることは少なく、基本的には失明には至らない比較的良性の病気といえます。しかし、見え方が悪くなることにより、生活に支障をきたすこともあります。

高齢者の殆どがかかる白内障は非常に有名な病気ですが、黄斑前膜も網膜の病気の中では最も多い病気のひとつで、40 歳以上のおよそ20 人に1 人がなるといわれています。中でも50 歳から70 歳ぐらいの女性に多い傾向があり、日本の失明原因第1 位の緑内障に合併することもあります。

黄斑前膜

正常な黄斑

加齢黄斑変性

黄斑前膜には、特発性と続発性があります。特発性は原因がはっきりしていないもので、加齢により自然に発生します。続発性は炎症や手術の後に発生するものです。

特発性は、加齢性の生理現象である「こうしょうたいはく」が主な原因で、予防法はないといわれています。硝子体は、水晶体と網膜の間の空間を満たす無色透明なゼリー状の物質です。硝子体は視神経と黄斑で網膜と強く接着していますが、加齢とともに少しずつ液体に変化(液化)し(図1)、網膜から剥がれます(図2)。これは40 歳前後から自然に起きはじめ、後部硝子体剥離といわれています。近視が強い方では、より若い年齢で起きます。

後部硝子体剥離が起きる際、硝子体と黄斑の癒着が強いと、うまく硝子体が剥がれず、黄斑にわずかに残った硝子体を基にして黄斑前膜が後に生じてきます(図3)。後部硝子体剥離に関わる病気は他にもあり、中心窩が破れてしまうと黄斑円孔、眼球のはじ(周辺部)の網膜が破れてしまうと裂孔原性網膜剥離に至り失明することもあります。

後部硝子体剥離が起きると、蚊や輪っかや糸くずのようなものが飛んで見える「ぶんしょう」が現れます。飛蚊症を自覚しても、治療の必要のない場合も多いのですが、眼科を受診し原因を確認することが大切です。

黄斑前膜の起き方

図1 硝子体の中に液化腔ができる

図2 硝子体の液化がすすむと、後部硝子体剥離が起きる

図3 黄斑に残存した硝子体(これが黄斑前膜の原因になる)

黄斑前膜の症状としては、ゆがみ(わい)、大きく見える(だいしょう)、かすんで見える()などがあります。中高年の方は目の見え方には十分気を配り、少しでも症状があれば眼科受診をお勧めします。

診断には、視力検査、ゆがみの検査、眼底検査を行いますが、最近では、高精細な網膜構造を、短時間で痛みもなく検査できる光干渉断層計(OCT)が診断にとても有用です。

進行して視力がかなり低下したり、網膜が変形してしまった場合は、手術をしても視力が十分に回復しないことが多くなります。早期発見すれば、早期治療により視力の回復が良いとの報告もあります。視力が少し低下してから手術を行うことが一般的ですが、視力が良好でもゆがみなどの症状が強い場合は手術を行うこともあります。

黄斑前膜の中には、より重症な黄斑円孔(詳しくは項目9)のような所見を示すものもあり、偽円孔といわれています。これは、視力が良く、検診などで偶然見つかり自覚症状も乏しく経過観察することが多いのですが、症状がある時は手術をすることもあります。

黄斑前膜が片方の目だけで(へんがんせい)軽度であれば、もう片方の健康な目で見え方を補ってしまうため、病気に気付きにくいこともあります。時々、片方の目を手で隠して、もう片方の目の見え方を確認してみましょう。両方の目を別々に確認することが大切です。ゆがみの検査はアムスラーチャートなどを用いて、自分でも簡単に行うことができます。

アムスラーチャートは縦横の格子状の直線が描かれているものです。老眼鏡をかけたまま30cmほど離れ、中心の黒い丸い点を片方の目のみで見ます。もし格子状の直線が波線になって見えたり、線が消えたり、ゆがんで見える部分があれば、黄斑前膜を含めた黄斑の病気である可能性が高くなります。早めに眼科を受診しましょう。

アムスラーチャート

黄斑前膜と老眼

黄斑前膜が起きるのは通常40 歳以降のため、老眼を感じはじめる年代と重なります。一般的に黄斑前膜の初期症状は軽度のことが多く、日常生活にさほど支障がなく見過ごされることが大半です。

しかし、よくよく日常生活を思い返してみましょう。見え方に左右差があったり、焦点が合わなかったり、老眼がひどくなったかなと思う時がありませんか。このような何気ない軽い症状は、老眼と勘違いして放っておいてしまい、しばらくしてから黄斑前膜が見つかることもあるので注意が必要です。

黄斑前膜と白内障

白内障が起きるのも通常40 歳以降のため、黄斑前膜が起きる時期とちょうど重なります。

白内障の症状は、かすみやぼやけですが、黄斑前膜の症状と見分けがつかないことがあります。さらに、白内障と黄斑前膜のどちらもある患者さんもいます。

黄斑前膜は名前の通り黄斑の病気ですから、視野(見える範囲)の真ん中の症状が強く、一方で白内障は視野の全体がかすむことが特徴です。

黄斑前膜がある方で白内障が強くなってくると、歪視や大視症といった黄斑前膜の症状が隠れてしまうこともあります。その状態で黄斑前膜を治療せず白内障手術だけを行うと、術後に黄斑前膜の症状が強く表れることがあるため、白内障の手術を受ける時は、術前検査で網膜の状態をよく確認しておくことが大切です。

白内障が進行すると、黄斑前膜を術前に確認することは難しくなります。その場合は、まずは白内障手術を受け、その後に網膜検査を行うことになります。

視力も良好で、自覚症状も少なく、日常生活や仕事に支障のない方は、手術を行わず経過観察で良いこともあります。

治療は手術のみになりますが、術後経過には個人差があり、状態にあった適切な時期に手術を行う必要があります。手術を行う場合、硝子体手術だけを行うと後に白内障が進行することがあり、硝子体手術だけでなく白内障手術も行うことがあります。白内障手術は、黒目のはじに 2~3mm ほどの穴を開けて行います。

硝子体手術(しょうしたいしゅじゅつ)は、白目に1mm以内の穴を3 か所ほど開けて行い、硝子体を取り除いた後に、網膜の表面に張り付いている黄斑前膜をピンセットで丁寧に取り除きます。黄斑前膜の裏にある内境界膜も取り除くことが多く、その際は手術を行いやすくするため、ステロイド剤や染色剤を使います。網膜の周辺部に裂孔などがあれば、手術中にレーザー光凝固を行うこともあります。

黄斑前膜の手術

網膜剥離を認めたり、硝子体と黄斑の癒着が強い場合などは、目の中に空気や膨張性ガスを入れることもあり、その際は術後数日間うつむき姿勢が必要になります。眼球内の気体は術後に徐々に消えていき、房水(目の中で産生される液体)に置き換わります。

黄斑前膜の類縁疾患(似た病気)として、黄斑円孔があります。黄斑円孔は黄斑の真ん中の中心窩に穴が開いてしまう病気です。穴は直径0.5mm に満たないものですが、中心窩は視力に最も関わる部分であるため、極度にすぼまって見えるなどの特徴的な症状が出てきます。視力低下も黄斑前膜よりひどくなり、視力0.1 未満になることもあります。黄斑円孔の手術では、黄斑前膜と同様に硝子体手術を行いますが、手術の後半で目の中に空気や膨張性ガスを入れるため、術後数日間うつむき姿勢を要します。

黄斑円孔

正常な黄斑

●硝子体手術で黄斑前膜を取り除くと、ゆがみ感などの症状は残るものの、その程度が軽くなり見やすくなることが期待されます。また、術後見え方がすぐに良くなる場合と、時間を要する場合があります。黄斑前膜の手術は白内障手術と同時に行うこともあるため、白内障手術との相乗効果で術後に明るくはっきり見えることも期待できます。

●緑内障、偽円孔、強度近視の目では、術後の見え方があまり回復しなかったり、逆に悪化することもあります。術前に担当医と十分に相談してから手術を受けましょう。

●頻度は少ないですが、術後に黄斑前膜が再発することや、時には裂孔原性網膜剥離が起きることもあるため、術後も外来通院が必要になります。再発は、最新の術式になってからは激減しています。術後に症状が悪くなるような時は、再発や別の病気が生じていないか、担当医によく相談しましょう。

●非常に稀ですが、手術合併症として、術中の大出血や術後の眼内炎で失明に至る可能性もゼロではありません。正しく理解して手術を受けましょう。抗血栓薬(血が固まりづらくなる薬)内服中や糖尿病など全身疾患のある患者さんは、より注意が必要になります。

誰でも、見える喜びをいつまでも保ちたいものです。そのためには、生涯にわたり黄斑の健康を守ることが大切です。黄斑前膜はとても多い病気で、黄斑の前にある硝子体が深く関わっています。黄斑前膜があっても視力は良好なこともあり、不自由がなく生活できていれば、基本的に進行はゆっくりですので、手術せずに経過観察することも大事な選択肢のひとつです。

しかし、徐々に進行し、物が見えづらくなる症状を感じ始めたら、手術を検討する時期かもしれません。定期的に眼科を受診し適切な時期に黄斑前膜の手術を受ければ、満足のいく結果になり、喜ばれる患者さんも沢山います。

黄斑前膜になったら、担当医とよく話し合い、最適な治療法を一緒に考えましょう。我々眼科医は、黄斑前膜を含め、目の病気を治せるよう日々努力しています。患者さんが安心して治療を受けられるように、本冊子が少しでもその助けとなれば幸いです。

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見え方チェックシート

黄斑前膜の眼底写真


手術前


手術後

絵 清水理江

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