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子どもの目の心身症 -心因性視力障害-

慶應義塾大学名誉教授 小口 芳久

現代のようにいろいろとストレスを感じる社会では、ストレスによる心理的な影響で、からだのさまざまな所に障害がでることがあります。これが心身症とよばれるものです。目の心身症の場合もいろいろな目の症状がでますが、いちばん多いのは視力障害です。目には悪い所がないのに視力が落ちたり、また近視、遠視、乱視などでメガネをかけても視力が良くならない小学生や中学生が増えています。

ものを見るために目は重要ですが、最終的にものを見ているのは脳なのです。この脳にストレスがかかると、目に見えているはずのものが認識できないことがあります。これが心因性の視力障害です。

心因性視力障害では、失明することはありません。この病気をよく理解し、正しく対応することが重要です。

心身症とは、日常生活における心理的あるいは社会的なストレスが原因で、からだのどこかに症状がおきてくる病気です。例えば、ストレスにより心臓がドキドキして苦しくなる心臓神経症や、ストレス性の胃潰瘍(いかいよう)などがそうです。

ストレスが原因で、目に症状があらわれるのが目の心身症で、眼心身症とよばれています。眼心身症は大きく分けて、ストレスが原因で自律神経のバランスが悪くなり症状がでてくるタイプと、ストレスをからだの一部に転換してしまうタイプがあります。

目に転換するタイプには、眼瞼痙攣(がんけんけいれん)、眼精疲労、チック、心因性夜盲、心因性斜視、心因性視覚障害などがあります。

心因性視覚障害は目の心身症のひとつですが、なかでも最も頻度が高いのは視力の低下で、心因性視力障害とよんでいます。心因性視力障害の場合、近視や遠視や乱視があってメガネをかけても、メガネでは視力がでません。検査しても眼球自体には悪い所がない、このような視力障害は、小学生や中学生などの子どもに多くみられます。

この他に視野の異常や色覚の異常、暗い所で物が見えない夜盲などの症状を伴うこともあります。視野の異常では、螺旋(らせん)状視野や求心性視野狭窄(きょうさく)がよくみられます。色覚では、見えるものが全部ピンク色に見えるなどの、色視症を訴えることもあります。また、心因性聴力障害を伴うこともあります。

以前は、心理的ストレスと視力障害との関係がはっきりしているタイプが多かったのですが、最近では思春期に入ったばかりの子どもたちに、心理的な原因が必ずしもはっきりしているとはいえないタイプの心因性視力障害が増えています。視力障害は、0.4~0.6などの比較的軽い異常を示すことが多く、半数以上の子どもは本人が見えないことに気づいていません。学校の定期健康診断でみつかります。

8歳から12歳の子どもに最も多くみられ、女子では8~11歳に、男子では8~12歳に発症のピークがあります。男女差があり、女子は男子の3~4倍多くみられます。視力は悪いにもかかわらず、眼球自体には異常は発見されません。また、視神経や網膜の電気生理学的な検査をしても、異常はみつかりません。このような子どもをよく調べてみますと、学校や家庭で心の悩みを抱えていることがあります。このストレスが、視力障害の原因と考えられています。

視力を測定してみますと、測定のたびごとに視力が違っていたり、凸レンズと凹レンズを組み合わせて度のないメガネをかけると、視力が改善することもあります。地域差はなく、ちょっとしたストレスが原因となって視力低下がおこると考えられています。

小学校の3~6年生で最も多い視力低下の原因は、近視や遠視などの屈折異常です。屈折異常はメガネをかければ視力がでます。しかし、メガネをかけても、屈折異常がなくても視力がでず、眼球や視神経にも何も悪い所がない場合、心因性視力障害を考えます。また、プラスとマイナスのレンズを組み合わせて、メガネの度数を0にして視力を測定するトリック検査で視力がでることがあり、この場合も心因性視力障害を疑います。

心因性視力障害のときに伴う症状に、視野の障害や色覚の異常があります。特に、視野が極端に狭くなる求心性狭窄や、視野を測定している間にどんどん見える範囲が狭くなる螺旋状視野がみられることがよくあります。

視神経は眼球の後方から大脳の視覚中枢までつながっており、直接観察することはできませんので、ときには頭部X線撮影やコンピュータ断層撮影(CT)を行うこともあります。また、網膜や視神経の電気生理学的検査(ERG、VEP)は、眼球や視神経などの病気が隠れていないか確認するために、重要な検査です。さらに原因となる心理的なストレスが明らかになれば、心因性視力障害とみてまちがいありません。

心因性視力障害をひきおこしている、ストレスの原因が明らかになるのは約6割です。ストレスの原因がはっきりしないこともありますが、なんらかのストレスが目の症状に置き換わって、視力低下がおこると考えられています。

また最近では、普通にみてとても心因とは思えない、ささいな事が原因となって視力低下がおこる場合もあります。この場合は、思春期前期の心理的に不安定な状態によって、視力障害がひきおこされると考えられています。心理的な不安定さのもとをたどると、多くが家庭内の問題や学校関係のトラブルに行きつきます。

たとえば家庭内では、「肉親の死」、「両親の不仲、離婚」、「親の愛情の差別」、「塾通い、お稽古事の負担」、「親の過干渉」などです。また学校関係では、「入学、転校」、「クラスの編制替え」、「担任がかわった」、「友人関係」、「部活」などがあります。 変わったものとして、友人や尊敬する先生や両親がメガネをかけていて、メガネに憧れることがあります。このメガネ願望では、裸眼では視力が悪いが、度のないメガネでは1.0まで見えるものもあります。

そのほか、試験になると答案が見えないとか、ピアノの稽古のときに楽譜が見えない、算数の時間になると黒板の字が読めないなど、時と場所によって見えないこともあります。心因となる要因はさまざまです。

子どもの心因性視力障害の治療は、親子一緒に受けることが必要です。眼科的には異常がないので、必ず良くなりますから心配はいりません。

ストレスの原因を取り除くことが大切ですが、簡単には解決できないことも多く、学校の担任の先生などと連絡をとりながら、長期的に経過をみることも必要です。心因性視力障害は、子どものある時期におこる一時的な現象です。心配しすぎないようにしましょう。

心因性視力障害には、点眼薬が効果のあるときもあります。またメガネ願望の子どもには、"度のないメガネ"を一時的にかけてもらうこともあります。一般には内服薬などは使いませんが、子どもの不安が強いときには、薬剤を使用することもあります。治療にあたっては、とにかく医師を信頼してください。

心因性視力障害で失明することはなく、症状が発見されてから1年以内に視力が改善するものがほとんどです。特に小学生では暗示療法が有効で、3ヵ月以内に70~80%の子どもが、視力1.0まで改善します。しかし中学生になると、心因が複雑なものが多くなり、治療が困難な場合もときにはあります。

治療が困難な場合や1年以上も視力の改善傾向が見られない場合、何度も再発する場合などは、小児科の心身症担当医や精神神経科の受診が必要なこともあります。

学校の定期的な視力検査で再発がみつかることもありますが、7~8%程度です。難聴や呼吸器の症状など、目以外の症状が合併するときは、ほかの科の検査や治療が必要となることもあります。

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絵 大内 秀

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